page icon

心理的安全性

文責:日本CTO協会理事 広木大地
 

"心理的安全性"はなぜ重要か

チームメンバーが相互に自分の意見を言ったとしても、不利益を受けることがないという環境がソフトウェア開発の生産性につながることが知られています。このような状態を心理的安全といいます。心理的安全性についての継続的な投資はチームの生産性につながります。

"反対意見"が言い合えることの重要性

心理的安全性とは、ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「サイコロジカル・セーフティ(psychological safety)」を日本語に直訳したものです。
 
心理的安全性が、多くの企業から注目を集めるようになったのは、米グーグル社の「プロジェクト・アリストテレス」という労働改革プロジェクトの成果が発表されたことが大きいでしょう。同社は2012年から4年間かけ、効果的なチーム構成の条件を模索してきました。その結果、「心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素である」と結論付けたことで、このキーワードは広く世の中に知られることとなりました。
 
「心理的安全性」の直接的な定義は以下の通りです:
チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰をあたえるようなことをしないという確信をもっている状態であり、チームは対人リスクをとるのに 安全な場所であるとの信念がメンバー 間で共有された状態
 
この定義をみると「対人リスクをとるのに安全」という表現があります。これはいわゆる日本の職場や仲間内で見られる「仲が良い」とか「アットホーム」であるというところとは少しニュアンスが異なるように感じるのではないでしょうか。
心理的安全性の定義からは、侃侃諤諤と個々人が自分の意見を率直に言い合い、活発に議論されている様子が読み取れます。プライベートな仲の良さを重視して、言うべきことを言えない、言うとしてもちょっと喧嘩腰に捉えられてしまうからやめておこうとか、悪い評価を受けるのではないかとなにか危なそうなことがあっても心に留めておこうというような関係性とは真逆の関係性に聞こえます。
意見の食い違う議論をしたことで少し関係性が悪くなったり、反論を受けたからと言って「心理的安全性が低くなった!」と考えるのは誤りです。
むしろ、意見や考えを戦わせ合うことができる状態は心理的安全性が高いとさえ言えるのです。
一方で、逆にチームのメンバー同士が仲が良くて字面通り「心理的」に「安全」だと思える日々が続いていても、そうであるからこそある種の同調圧力が強くチームが進もうとうする方向に疑問があっても見て見ぬ振りをしてしまう状態というのは心理的安全性は低いのです。
 
このように日々感じる仕事をすすめる上での不安や不満のなさと心理的安全性は、全くのイコールではなく、相反することもままあるような概念です。しかし、語感の良さからこのような誤解が発生することがあるため、注意が必要です。

チームの「大丈夫」と「不安」に向き合う。

このような定義をおさえた上で、心理的安全性を支えるための要素と、逆に下げてしまうかもしれない要素を見ていきましょう。表1にまとめてあります。
チームでの共同作業をする際に、自分の存在自体が認められていない、たとえば無視されているとか、挨拶がないとか、情報が自分だけ共有されていないということで自分の存在意義のようなものが感じられないとパフォーマンスを出すことは難しくなります。
また、チームの中で「当たり前だ」としてプロジェクトが進んでしまっていても、自分だけ腑に落ちていなかったり、納得していないことについて質問をしてみたり、自分の意見を表明することで冷たい態度を取られたり、「こいつはバカだな」というような目を向けられるとなかなか意見を言うのが難しくなります。このようなことから大きな見落としをすることがあるかもしれません。そのため、意見を言っても大丈夫だという関係性を創ることや、仮にそれがない状態からでも意見を発信してお互いの理解を深めていくことが重要になるのです。
間違いを認められる環境というのも大事です。たとえば、リーダーやベテランになったりするとメンバーからの期待も厳しくなっていきます。次第に簡単には間違いを認めづらくなったり、間違いの表明を受け入れてもらえるという期待がなくなるということがよくあります。その結果、徐々に間違いを認めないリーダーになってしまったりもするのです。
ここで重要なのは心理的安全性はかならずしも、チームメンバーから上司に対してのみ向けられるものではなく、その逆のリーダーとチームメンバーの関係性においても必要なものなのです。心理的安全性を確保する責任はマネージャやリーダーだけにあるのではないのです。

どうやって測定するのか。

心理的安全性を測定するためにエドモンドソン教授が用意した質問は次のようなものです。
<心理的安全性を測る7つの質問>
  1. チームの中でミスをすると、たいてい非難される。
  1. チームのメンバーは、困難な課題も提起し合える。
  1. チームのメンバーは、異質なものを排除することがある。
  1. チームに対してリスクをとる行動をしても安全である。
  1. チームの他のメンバーに助けを求めることは難しい。
  1. チームメンバーは誰も、自分の仕事を意図的におとしめるような行動をしない。
  1. チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じる。
これらの質問をチームメンバーに、7段階のリッカード尺度(全くそのとおりだ、全くそうではないを両端においたアンケート形式)で定期的に質問をします。質問1-5まではYESがマイナス評価で、6,7はYESだとプラスの評価になります。
アンケートなどによって定量化することは、認識のブレが出づらく過去と比較して評価をしやすかったり、他のチームと比較しやすかったりするためとても便利です。定量化は改善の第一歩です。
一方で、「定期ミーティングに出るメンバーが偏っている」、「振り返りで発言があまり出ない」、「雑談の中で仕事の質に関わる会話が減っている」「メンバー同士の陰口が増えている」「誰々が言っているから仕方ないという発言がある」といった定性的な兆候を理解しておくことも重要です。
アンケートで「計測される対象もあくまで人間」ですから、現状に満足していれば悪い評価はあまりしません。プロジェクトやチームとして健全でない状態であっても、アンケートに悪く回答したらあとから改善のためにいろいろなアクションに協力するのも自分たちですから、めんどくさいのでよく回答しておこうという心理も働きます。あくまで定量と定性の両面から捉えていくのがよいでしょう。

心理的安全性は何故、生産性を上げるのか。

心理的安全性が高いことによって一般的には、「チームメンバーのパフォーマンス向上」「イノベーションが促進される」「離職率が下がる」というようなメリットが言いはやされています。
一方で、あまりにこれらのメリットが過大評価されすぎるのも違和感があります。どんなメンバーで構成されていても、どんなミッションのチームであっても心理的安全性さえ確保したら成長できてパフォーマンスも向上するというのは都合が良すぎます。
心理的安全性は、しばしば勘違いされますが、「個々人」に対して用いる概念ではありません。「チーム全体」を指して高いとか低いとかを問うものです。「チームの心理的安全性が高い」とは言えても、「私の心理的安全性が高い」と言えるものではないのです。
心理的安全性が生産性を上げるなどの効果をもたらすとしたら、「チームとして課題の取り組み方が変化する」ことによるのです。
ソフトウェアを開発するチームにおいて重視すべきポイントは「プロダクト/プロジェクトリスクの早期発見と対応」です。心理的安全性が高い組織は、これをとても自然に、かつ低コストで行うことができます。そうではないチームではプロジェクトリスクを意図的ないし無意識的に隠してしまい、プロジェクト後半でのトラブルに繋がることが多いのです。

責任感の欠けた心理的安全性ではぬるま湯に

エドモンドソンによれば、心理的安全性の高低と、責任意識の高低によって四象限が定義されます。
  • 無関心ゾーン:責任も心理的安全性もないとチームは、無関心無気力になり、何もしない
  • 不安ゾーン:責任が強く心理的安全性がないチームは、何かして怒られるのが怖いので何もしない
  • ぬるま湯ゾーン:心理的には安全であるが、目的意識がないチームは、ぬるま湯にいて、何もしない
  • 学習ゾーン:目的意識・責任と心理的安全性が共存すれば、学び強化していくチームとしての活動できる。
 
 
 

心理的安全性のクライテリア

 

参考資料