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01_経営の関与について
生成AI活用における経営の関与
生成AIの急速な進化は、企業経営に大きな影響を与えています。先進企業が生成AI活用にどのように取り組み、経営陣がどのように関与しているのかをまとめました。各社の戦略、組織体制、浸透施策、投資判断、そしてガバナンス体制の具体的な事例を紹介します。

1. 経営層の強いコミットメントと迅速な意思決定
生成AI活用の成否を分ける最初の鍵は、経営層のコミットメントと迅速な意思決定にあります。ヒアリングした多くの企業で、トップが強い危機感や期待感を持ち、率先して導入を推進していました。
- トップダウンでの強力な推進:
- GMOペパボ株式会社では、2023年初頭に経営トップが「これは絶対にやらなければならない」と強い危機感を示したことから本格的な活用が始まりました。
- 株式会社LayerXでは、取締役CEOとCTOが生成AIの可能性を早期から確信し、毎週の全社定例でトップメッセージとしてその重要性を熱心に語り続けています (LLM活用はチャットボットだけではない? LayerX松本勇気が語るLLM活用のリアル)。
- 株式会社リンクアンドモチベーションでは、生成AI活用を経営戦略上の重要課題と位置づけ、DXを推進。経営陣が率先して、全社的な行動変容を促しました (リンクアンドモチベーション プレスリリース)。
- 合同会社DMM.comでは、会長からの号令が全社的なAI活用推進の直接的なきっかけとなりました。
- 株式会社Algomaticは、DMMグループの一員として「生成AIの波に乗れなかった場合の機会損失が大きい」という経営判断のもと設立され (Algomaticプレスリリース)、生成AIの可能性を感じて集まった経営チームが技術にコミットし、トップダウンでのスピード感を重視しています。
- 株式会社MIXIは、経営層からの号令のもと、各部署で主体的に行動し大小含め250件以上の生成AIを利用した施策が進行中です。
- 迅速な意思決定と実行力:
- ファインディ株式会社は、ChatGPTのAPIが公開された直後の2023年3月に、CTO主導でエンジニア向け履歴書自動生成機能をリリースするなど (業界初、ChatGPTを活用したエンジニア向けレジュメ自動生成の機能をリリース)、市場の変化に素早く対応しました。
- 株式会社Algomaticでは、「新しい技術が出たら会議の優先度を変えてでも触る」という方針のもと、稟議プロセスを省略し、高価なツールであっても迅速に試用・評価する体制を構築しています。また、撤退したものも含めると2年で40以上のサービスを立ち上げるスピードで、産業ごとの生成AI活用のユースケースを把握しています。
- 株式会社LayerXでは、代表取締役CTOのリーダーシップのもと、2023年4月にLLM Labsを迅速に立ち上げ、新規プロダクト開発とR&Dを強力に推進。半年後の2023年10月には研究開発フェーズからAI・LLM事業部設立へと移行させました。この迅速な事業化から生まれた『Ai Workforce』は、三菱UFJ銀行や三井物産グループ企業など大手企業への導入を早期に実現しており、市場のニーズを捉えた迅速な意思決定と高い実行力を示しています。
- 株式会社ログラスは、ChatGPT登場初期(2023年4月)にAI活用へ半年間で1億円の戦略投資枠を設け、迅速な投資判断を行いました (ログラス、「生成AI/LLM専任チーム」を立ち上げ)。CEO自ら「AI経営革命」と題したビジョンを発信し (大規模言語モデル(LLM)から始まる、AI経営革命)、経営陣が率先してAI活用(ChatGPTでの経営議論の壁打ちなど)を実践しています。
- 株式会社MIXIは、2023年3月にはChatGPTの全社利用に関する検討を開始し、法的観点、知財的観点、社内IT的観点でガイドライン等を整備した上で、4月にはChatGPT Plusの利用料金を補助する制度を試験導入しました。また、経営会議資料作成にAIを活用するなど、経営陣自らAI活用を実践しています。
2. 推進体制の構築:専門組織と担当者の役割
トップの意思決定を具体的なアクションに繋げるためには、適切な推進体制の構築が不可欠です。各社は専門組織の設置や担当者の任命を通じて、AI活用を組織的に推進しています。
- 専門組織による集中推進:
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、「生成AI推進チーム」を設立し (リンクアンドモチベーション プレスリリース)、コンサルティング部隊と連携してツールの開発からナレッジ蓄積までのサイクルを回しています。またプロダクト開発においては、2023年4月に発足したEnablingチーム(「誰でも楽しく、誇りを持てる開発」を実現するイネーブリングチームについて)を中心に生成AI活用を推進。2024年10月からは、AIコーディングを推進するための専任チームを立ち上げています。
- 株式会社LayerXは、代表取締役CTOのもと、2023年4月にLLM Labsを立ち上げ、新規プロダクト開発とR&Dを強力に推進。半年後に事業部化。また、バクラク事業部では事業部CTOが中心となりBet AI Guildを発足し、AI活用を推進。さらに、社内IT・セキュリティを担当する「コーポレートエンジニアリング室」がツールの予算やアカウントの管理を担っています。
- 株式会社ログラスは、2023年4月に「生成AI/LLM専任チーム」を設立。プロダクトへのAI技術組み込み、業務プロセス改善、制度整備、スキル底上げなどを目的としています (ログラス、「生成AI/LLM専任チーム」を立ち上げ)。
- 株式会社MIXIは、生成AIの積極的な活用を推進するために、全社横断組織となる「DX推進グループ」を設立し、全社のAIに関する相談全般を担う。以前は部署ごとだった申請フローを一本化し各事業部でのツール導入を効率化するなど、AIの活用を推進しています。
- 担当者の任命と多様な役割分担:
- GMOペパボ株式会社では、各事業部からAIへの関心が高いメンバーを2〜3名アサインし、週次の情報共有会を通じて推進を図りました。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、各組織にDX推進担当者「Technology Administrator (TA)」を配置し、2025年からは専任化。「デジタルの力で業務を変革し、顧客価値の創造につなげる」をミッションとして、「生成AI推進チーム」の支援・指導のもと、推進しています。
- ファインディ株式会社では、CTOが技術的な全体方針を示しつつ、業務効率化やサービス組み込みといった具体的な推進は各領域の担当役員や部長が行い、さらに各チームに最低1名の推進役メンバーを置く体制をとっています。
- 合同会社DMM.comでは、中央集権的なAI部門を置かず、各部門のCxOが自身の担当領域におけるAI活用の重点テーマを設定し、プロジェクトを推進する方式を採用しています。
- 株式会社Algomaticは、カンパニー制(子会社制)を敷いており、各カンパニー内で意思決定が行われます。CTOが率いる技術チームでは、新しいツールの導入は基本的に自由とし、スピードを重視しています。
3. 組織への浸透戦略:トップダウンとボトムアップの融合
経営層のコミットメントや推進体制があっても、現場の従業員がAIを日常的に活用しなければ効果は限定的です。各社はトップダウンとボトムアップのアプローチを組み合わせ、組織全体への浸透を図っています。
- トップからの継続的なメッセージ:
- 株式会社LayerXのCEOとCTOによる週次定例での熱心なメッセージ発信は、社員の意識向上に大きく貢献しています。
- 株式会社リンクアンドモチベーションでは、経営層から直接期待を伝えることによって、コンサルタントなど非エンジニア層へのAI活用浸透が促進されました。
- 株式会社MIXIでは、経営陣がAI活用に関するメッセージを発信するだけでなく、自ら積極的に活用し、収集したAIに関する情報なども社員に向けて日々共有しており、社員の興味喚起や刺激となりAI活用の活性化につながっています。
- 現場の自発性を促すボトムアップ施策:
- GMOペパボ株式会社は、職種、役職等関係なく参加でき賞金もあるプレゼン大会や、活発な情報交換が行われるSlackチャンネル「AIワイワイ」の設置により、現場のモチベーションを高めました。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、「狭く深く」一部署で成功事例を作ってから全社展開する戦略を採用。現場リーダーとの「ペアプロンプト」による伴走支援や、「1日1回ChatGPTを使う」といった具体的な行動ルールの設定も効果的でした。
- ファインディ株式会社のCTOは、継続的な情報発信や社内勉強会に加え、NotebookLMなどの具体的なツール利用手順を詳細に解説したドキュメントを共有。さらに「カレー屋bot」のようなユニークで親しみやすい社内ボットを自ら開発・公開し、社員が楽しみながらAIに触れる機会を提供しています。
- 株式会社Algomaticは、非エンジニア職も含め、技術的バックグラウンドを持つメンバーが大半を占め、自動化・効率化が当たり前という空気感を醸成。また、経営チームが率先垂範による生成AI活用、発信、登壇を行うことで、現場が息を吸うようにAIを触る状況になっています。
- 株式会社MIXIは、予算策定時に現場事業部門からAI活用のプランを募集し、各部署での自発的な実験・検証を奨励しています。
- 株式会社ログラスは、経営トップによる力強いメッセージング発信ののちに、現場において自発的なLLM勉強会・共有会を実施。昨今のAI駆動開発においてはCursor道場の実施等、トップダウンとボトムアップの両輪で推進しています。
- 研修・教育によるスキル底上げ:
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、TA向けトレーニング、新卒研修へのAI活 用研修導入、さらには「AI人材要件」をレベル別に定義し、スキル標準を示すなど、体系 的な人材育成に取り組んでいます。
- 合同会社DMM.comは、AIプロジェクトリーダー育成研修を実施。特にROIの考え方や 不確実性への対処法など、AIプロジェクト特有のマネジメントスキル向上に注力していま す。
- ファインディ株式会社は、社内LT大会「ChatGPT選手権!」の開催 (業界初、ChatGPTを活用したエンジニア向けレジュメ自動生成の機能をリリース)や、ランチミーティングでの新ツール紹介などを通じて、楽しみながら学べる機会を提供しています (生成AIとFindyのこれから)。
4. 投資判断と予算確保:戦略と柔軟性
生成AIへの投資は、その効果測定の難しさや技術変化の速さから、従来のIT投資とは異なる判断基準が求められます。各社は戦略的な視点と柔軟な対応で、予算確保と投資判断を行っています。
- 投資対効果(ROI)を意識した判断:
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、短期的な効率化だけを目的とするのではなく、中長期的な企業価値向上を見据えて、投資対効果であるROIへも着目。コスト削減だけでなく、リターンサイド(売上向上など)もセットでモニタリングする方針を徹底しています。
- 合同会社DMM.comも、リーダー研修でROIの考え方を強調。ただし、精神的ストレス軽減など定量化しにくい効果の評価を今後の課題としています。
- GMOペパボ株式会社は、カスタマーサポート業務のAI化による営業利益8,200万円の改善に繋げるなど、具体的なコスト削減効果を投資判断の根拠としています。
- 柔軟な予算配分と「まず試す」文化:
- ファインディ株式会社は、「フリーランス1人分の業務委託費(月100万円)をAIのAPI利用料に振り向ける」というユニークな発想で予算を確保。コーポレートカードでAPI利用枠を設け、「積極的に使って失敗しても良い」というスタンスで試行を奨励しています。
- 株式会社Algomaticは、「短期的に必要なら購入し、効果がなければ解約する」という割り切りで、高価な最新ツール(Devinなど)であっても積極的に試用。予算は各カンパニーで柔軟に判断されます。
- 株式会社LayerXは、企業文化「羅針盤」に掲げる「AIをまず試す」精神を体現し、新技術へ迅速に触れその可能性を追求します。固定予算に縛られず戦略的投資として柔軟に試行し、学びを最大化。同時に「意味のあるお金の使い方」という規律に基づき、効果的かつ効率的なリソース活用も重視しています。
- 株式会社ログラスは、AI活用推進のため半年間で1億円という明確な戦略投資枠を設定しました (ログラス、「生成AI/LLM専任チーム」を立ち上げ)。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、全社費用として年間予算を確保し、Enablingチームが必要性を判断してツール利用を承認するプロセスを採用しています。
5. 運用ガバナンス:リスク管理と利用促進の両立
AI活用を加速させる一方で、情報漏洩や著作権侵害、プライバシー問題などのリスク管理も不可欠です。各社はガイドライン策定やセキュリティ対策を進め、利用促進とガバナンスの両立を目指しています。
- ガイドライン・ルールの整備:
- GMOペパボ株式会社は、ChatGPT登場初期に法務部門と連携して全社的なガイドラインを作成。リスク回避のためのガードレール設置を優先しました。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、データセキュリティやプライバシー保護に関するポリシー整備を進めており、入力データの選別ルールやツールごとの利用ガイドラインを策定。定期的なセキュリティ説明会も実施しています(生成AIを活用して、組織の生産性1.3倍への挑戦)。
- 株式会社LayerXは、新しいルールを設けるのではなく、既存のISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)のフローを活用。新規ツール導入時にはセキュリティチェックやアカウントの管理、利用目的の確認などを徹底しています。
- 合同会社DMM.comは、「ポリシー」「ガイドライン」「ハンドブック」の3層構造でルールを整備。生成AIだけでなく画像・動画生成なども含めた広範なAIを対象とし、「人間中心のAI原則」に基づき、規制ではなく適正利用の促進を目的としています。
- 株式会社ログラスは、利用サービスの規約等を考慮し、情報漏洩リスクへの対応策を講じた上で運用。最新の規約変更やアップデート情報を踏まえ、継続的にリスク対応策を講じつつAI活用を推進しています(ログラス、「生成AI/LLM専任チーム」を立ち上げ)。
- ファインディ株式会社は、「学習されない設定」を基本方針とし、利用禁止ツール(例:DeepSeek)を明示。段階的な導入でリスクを限定し、機密データ取り扱いに関する注意喚起を行っています(暗黙的なルール共有を含む)。
- 株式会社MIXIは、導入初期より、法的観点、知財的観点、社内IT的観点から生成AIに関するガイドラインを策定している他、AIツール利用に関する申請フローを一本化し、DX推進グループで管理。社員が安心して安全にAIを活用できるようにAIネイティブな環境構築を推進しています。
- セキュリティと情報管理の徹底:
- 多くの企業で共通して、個人情報や機密情報のAIへの入力を制限し、学習に利用されない設定を基本としています。
- 株式会社LayerXでは、CISO(情報セキュリティ最高責任者)が室長を兼務するコーポレートエンジニアリング室が、セキュリティを考慮したツール導入とアカウント管理を行い、シャドーIT(管理外のIT利用)を防いでいます。
- 合同会社DMM.comは、外部SaaS利用時のデータ取り扱い基準を明確化し、必要に応じてセルフホスティング版を採用するなど、セキュリティレベルに応じた対策を講じています。
- 株式会社MIXIは、生成AIの利用に関するガイドライン内で、機密情報ラベルに応じたAIでの情報入力を明確に定義しています。
- 利用促進とガバナンスのバランス:
- 合同会社DMM.comは、ルール策定において「規制」ではなく「適正利用の促進」を重視し、現場との対話を大切にしています。
- 株式会社Algomaticは、稟議プロセスを省略して導入スピードを優先する一方、会社アカウントの利用徹底やオンボーディング時のルール教育でガバナンスを担保しています。
まとめ
生成AI活用における経営の関与は、単なる号令や予算付けにとどまりません。トップ自らの強いコミットメントと率先垂範、戦略的な推進体制の構築、現場の意欲を引き出す浸透策、柔軟かつ合理的な投資判断、そしてリスク管理と利用促進のバランスが取れたガバナンス体制。これらが一体となって初めて、生成AIは組織の力となります。
明日からできるアクション例
- 経営層がAI活用の重要性を全社に向けて発信する
- 小規模でもよいので推進チームを立ち上げる
- まずは1つの部署で成功事例を作る
- 投資判断の基準を明文化する
- ガイドラインを簡易版からでも整備する
今回ご紹介した各社の多様なアプローチは、それぞれが直面する事業環境や組織文化の中で最適解を模索した結果です。これらの事例が、自社における生成AI活用戦略を検討する上でのヒントとなり、より効果的な取り組みへの一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。