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03_開発プロセスの変革
エンジニア組織の具体的な活用事例
生成AIは、ソフトウェア開発のあらゆる工程に革命をもたらす可能性を秘めています。コーディングの効率化から、レビュー、テスト、さらには仕様検討や開発プロセス全体の自動化まで、その応用範囲は広がり続けています。
本章では、DX Criteriaワーキンググループが実施したヒアリングおよびリサーチに基づき、先進企業のエンジニアが生成AIをどのように活用し、開発生産性や品質の向上、そして働き方の変革に繋げているのか、具体的な事例を交えて紹介します。

1. コーディング支援・ペアプログラミングAIの普及
開発現場で最も早く普及が進んだのが、GitHub CopilotやCursorに代表されるAIコーディング支援ツールです。これらのツールは、エンジニアの「隣に座るペアプログラマー」のように、リアルタイムでコード提案や補完、リファクタリング支援を行います。
- 主要ツールの導入状況:
- GitHub Copilot: 多くの企業で生成AI活用の第一歩として導入されました。
- 合同会社DMM.comでは、7〜8割の開発者が日常的に利用。
- ファインディ株式会社では、9割以上の開発者が利用し、「もはや無くてはならない状態」と評価されています (生成AIとFindyのこれから)。
- 株式会社ログラスや株式会社LayerX、GMOペパボ株式会社 (GitHub Copilotの導入によってペパボの開発生産性はどう変化したか)、株式会社MIXI 、株式会社リンクアンドモチベーション(GitHub Copilot導入効果を測定!アンケート結果公開)も全社または部門単位で導入しています。
- Cursor: より高度なコード理解や生成能力、IDEライクな機能を求めて、CopilotからCursorへ移行する企業が増加傾向にあります。
- 株式会社LayerXは、当時「CursorはProにすると精度が全然違う」という評価のもと、Cursor Proへの移行が進んでいます。また、エンジニアのみならず、プロダクトマネージャーやデザイナーもCursorを活用しています (開発経験ゼロのPMが語る、Cursor利用で変わった5つの業務)。
- 株式会社ログラスも、開発組織全体でCursorビジネスプランを導入。週2回、人間がコードを書くことを禁止しAIに書かせる「Cursor道場」を実施し、知見を蓄積しています (Loglass TECH TALK vol.5)。
- GMOペパボ株式会社では、エンジニアやコーディングを行うデザイナーを中心にCursorが利用されています。
- 株式会社リンクアンドモチベーションでも、Cursorビジネスプランを導入し、開発チームやプロダクトマネージャーがCursorを活用しています。
- 株式会社Algomaticでも、エンジニアが自由に利用できるツールの一つとして浸透しています。(【Cursor】命令では物足りない!? “問いかけ”で引き出すAIの思考力)
- 株式会社MIXIでも、Cursorも検証導入が進んでいます。
- その他ツール: 株式会社リンクアンドモチベーションでは、ClineやClaude Codeのような他のAIコーディング支援ツールも一部で並行的に試用されています。株式会社Algomaticでも、RooClineやWindsurfといった新しいツール、ソフトウェア(Devin を含むAIソフトウェアエンジニアと周辺技術のざっくり紹介)を試す文化があります。株式会社MIXIでもClineの検証がされており、windsurfも検証予定です。
- 具体的な活用例と効果:
- コード補完・生成: 定型的なコードやボイラープレートコードの記述時間を大幅に削減。エンジニアはより本質的なロジックの実装に集中できます。
- リファクタリング支援: 既存コードの改善提案をAIから受け、可読性や保守性の向上に繋げます。
- 言語・フレームワーク学習: 新しい技術を学ぶ際のサンプルコード生成や、既存コードの解説生成により、学習効率が向上します。
- テストコード生成: 単体テストなどの作成をAIが補助することで、テストカバレッジ向上と工数削減を両立します。
- GMOペパボ株式会社の開発者からは、特にRubyにおけるCopilotの補完精度の高さやテストコード生成の効率化が評価されています (GitHub Copilotを社内に導入するか、実際の効果をまとめました)。
- 株式会社ログラスでは、Kotlin開発のCursor利用時にIntelliJ IDEAとの併用が必要になるケースや、VSCodeベースであるための機能差(エラー即時表示の欠如など)といった課題も認識しつつ、生産性向上効果を重視して導入を進めています。
2. コードレビュー・品質保証プロセスへのAI活用
コードレビューやテストといった品質保証プロセスにも、生成AIの活用が広がっています。
- レビュー支援:
- 合同会社DMM.comでは、プルリクエストに対するAIレビューツール「PR-Agent」を導入し、その効果と課題を検証。基本的なチェックをAIに任せ、人間はより本質的なレビューに集中する体制を模索しています (AIによるコードレビュー "PR-Agent" を導入した効果と課題について、生成AIでレビュー承認業務を大幅削減 導入14日で6割自動化の成果)。
- GMOペパボ株式会社は、GitHub Issueに対するレビューコメント生成などに内製ツールを活用しています。
- 株式会社ログラスは、Notionにまとめた設計標準をCursor rulesに変換し、それに沿っているかをAIでレビューする取り組みを行っています。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、Code Rabbitのようなレビュー自動化ツールを検証中です。
- 株式会社MIXIでは、プロダクト開発でCodeRabbitやGitHub Copilotのreview機能等の検証・導入が進められています。
- QA・テストケース生成:
- 株式会社Algomaticでは、LLMを用いてQA観点リストを作成し、人間が評価・修正することで、高品質なテスト計画を効率的に作成した実績があります。
- 同社では、数千行におよぶテストケースもAIに生成させ、人間によるレビュー工数を削減しつつ品質を担保するアプローチを採用しています。
- GMOペパボ株式会社でも、エディタのプロンプトを活用したテスト自動生成が行われています。
3. 仕様検討・ドキュメント生成の支援
要件定義や仕様策定、ドキュメント作成といった開発の上流工程においても、生成AIの活用が始まっています。
- 仕様検討・要件定義:
- 株式会社リンクアンドモチベーションでは、要求仕様を入力することで、具体的な要件定義、ドメインモデル図、ER図などをAIに生成させる試みを行っています。
- 株式会社ログラスでは、プロダクトマネージャーやデザイナーも仕様・要件定義・プロトタイプ等にAIを活用。特にドメイン駆動設計(DDD)や関数型DDDといった、構造化されたアプローチとAIの親和性が高いと考えられています。
- 株式会社LayerXでは、エンジニア以外のプロダクトマネージャーがCursorを使い、コードベースから直接仕様を理解したり、簡単な修正プルリクエストを作成したりできるようになっています。
- ドキュメント生成:
- コードコメントの自動生成や、既存コードからの仕様書・ドキュメント作成支援などにAIを活用する例が各社で見られます。
4. AI駆動開発と自律型エージェントの試み
開発プロセス全体をAIが主導、あるいは自律的に実行する「AI駆動開発」への期待が高まっています。
- AIエージェント(Devin等)の導入と検証:
- Devin: 「世界初の完全自律型AIソフトウェアエンジニア」として注目を集め、多くの企業がその可能性を検証しています。
- 株式会社LayerXは、Devinを導入し、様々なタスクを任せる試みを通じて最適な活用法を模索する一方、コンテナイメージサイズの70%削減やDevin Searchの活用など、特定のユースケースでは既に大きな成果を上げています(Devinにコンテナイメージサイズを70%削減・デプロイ時間を40%削減してもらった話)。ただし、人間によるレビューやQAは依然として必要であり、ボトルネックが移動する側面も認識されています (LayerXにおけるAI・機械学習技術の活用事例)。
- ファインディ株式会社も、特定プロジェクトでDevinを導入。軽微な改修やリファクタリングを任せることで、エンジニアがコアタスクに集中できる効果を確認。一方で、精度や速度のばらつき、人間によるフォローの必要性も指摘しています (ファインディ株式会社 転職開発チームのDevin導入事例)。
- 株式会社ログラスは、新規事業部署でDevinを試用。本体プロダクトのような大規模コンテキストでは、効果的な活用方法を模索中です。
- GMOペパボ株式会社もDevinを導入しましたが、GitHub Enterpriseアカウントとの連携仕様や、部署ごとのコスト按分が難しいといった運用面の課題認識に直面しています。
- 株式会社Algomaticも、高価なツールではあっても、「まず試してみる」方針で導入を進めています。(開発業務効率化の最前線 AIエージェント「Devin」の活用法〜Algomaticが実証した導入時のポイントを解説〜)
- 株式会社MIXIは特定のプロジェクトでDevinを試験導入し、AI主体の開発ができる業務を洗い出す検証計画を進めています。
- 合同会社DMM.comもDevinの検証を始めています(DevinとClineをDMMで導入しました〜トライアルから見えた成果の共有〜)。
- 株式会社リンクアンドモチベーションでも、新規プロダクト開発においてDevinの試験運用を開始しています。
- OpenHands: Devinに似たAIエージェントのオープンソース版も、ライブラリ更新作業の自動化などで検証されています。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、OpenHandsを用いてライブラリのバージョンアップ作業工数削減に取り組んでいます。現状では完全自動化には至らないものの人間が行う作業の補助として活用しています。
- AIエージェント活用の効果と課題:
- 効果: 単純作業や定型的な開発タスクの自動化による、エンジニアの負荷軽減や開発リードタイム短縮の可能性が期待されています。
- 課題: 現時点では、生成されるコードや修正の精度・品質にばらつきがある、人間による詳細な指示やレビュー・修正が不可欠、複雑なコンテキストや大規模プロジェクトへの対応が難しい、アカウント管理やコスト最適化が課題、といった点が共通して挙げられています。
- AI駆動開発への取り組み:
- 株式会社ログラスでは、週2回の「Cursor道場」を実施。AIにコードを書かせることを前提とした開発スタイルを組織的に模索し、ノウハウを蓄積しています (Loglass TECH TALK vol.5)。
- 株式会社リンクアンドモチベーションは、新規プロダクト立ち上げにおいて、20倍速での開発を目指して、AI活用を前提とした開発手法、リポジトリテンプレート、プロンプトテンプレート、Cursorルールなどを整備。これにより、現時点で従来の10倍程度の開発スピードを実現しています。
まとめ
エンジニアリング領域における生成AIの活用は、単なるコーディング支援ツールを超え、レビュー、テスト、仕様検討、そして開発プロセス全体の自動化へと急速に進化しています。
GitHub CopilotやCursorは多くの開発現場で標準ツールとなりつつあり、生産性向上に確実に貢献しています。さらに、Code Rabbitのようなレビュー支援ツールや、AIによるテストケース生成も実用段階に入りつつあります。
Devinに代表されるAIエージェントは、まだ課題も多いものの、開発のあり方を根本的に変えるポテンシャルを秘めており、各社が積極的な検証を進めています。
重要なのは、これらのツールを個別に導入するだけでなく、AI活用を前提とした開発プロセス(AI駆動開発)へと組織全体でシフトしていくことです。成功している企業では、ツールの導入と並行して、ガイドライン整備、研修、成功事例の共有、現場での伴走支援などを通じて、エンジニアのAIリテラシー向上と文化醸成に取り組んでいます。
生成AIは、エンジニアを単純作業から解放し、より創造的で本質的な課題解決に集中させるための強力な武器となります。今後、AIとの協働を前提とした開発手法が確立されることで、ソフトウェア開発のスピードと品質は飛躍的に向上していくでしょう。